
まず初めに訓練校に入るまでの経歴を少しお話します。(訓練校の話だけを聞きたければスキップしてね)
我が家は転勤族。夫の転勤に伴い何度か転勤を繰り返し、3番目の子供が幼稚園に入ったところでパート(月~金/9時~12時)を開始。当時の月収は6万円。
その後勤務時間を延ばすため、1年半勤務したのち転職。9時~16時までの勤務で月収は13万円に。そこで勤務をしていると、同じ雇用条件の人が5年働いたのちに雇止めとなり、泣く泣く退職する光景を目の当たりに。ここいらでパート勤務の雇用の不安定さを肌身で実感。そして当時は自分も転勤族。明日転勤の辞令が言い渡されるかもしれない環境の中でお互いの両親も遠方、誰にも頼れない状況の中での育児を続けていくことにも限界を感じ、3番目の子が小学校に上がるタイミングで地元への帰郷を決意。目標はただ一つ。

そしてなんだかんだで夫も帰郷することで3月の子供の春休みをめどに引っ越しの予定で動くことに。2月から職探しをリモートでするも、まあ落ちる落ちる。そんな中で
☆未経験歓迎!ITエンジニア
の募集に応募。時間はフルタイム。ちなみにその時点でITスキルはHTML,CSSをfreeCodeCamp,Progateで半年ほど勉強をしていた程度。無事内々定までこじつけ、あとは派遣先(無期雇用派遣のSESだった)が決まればのところで帰郷。ただ、帰郷して状況は一変。まず、帰郷した時点で申し込めば入れるだろうと想定していた学童への入所、新学期開始前の時点で待機児童は20人。内定通知書をもらっても待機児童にエントリーしかできない。その時点で誰かに預かってもらうしか就業の道はなくなった。そして何かあったときに義両親に頼れるだろうと近くに越してきたのに、目論見は外れた。9時~18時の片道1時間のフルタイム就業に猛反対されたのである。「母親が7時や8時に帰ってくるなんて子どもがかわいそうじゃないの!!!」と。かわいそうを盾にした攻撃って母親のメンタルゴリゴリ削るよね。暴言もいいとこだ。結果、何かあったときに預かってもらえる可能性も0に、、、。辞退をするしか道はなく、求職活動を再開することに。
ハローワークで訓練校のチラシを発見。
地元に戻ってきて、エージェントでの職探しと並行してハローワークで雇用保険の手続きを受けに行く。3ケ月の給付期間に10社ほど応募するも、受からない。そしてなんせ学童がない。小学1年生なんて何ならお昼過ぎに帰ってくる。あれ?私もしかして、就職無理ゲーでは?と悟りだしたとき、職業訓練のチラシが目に留まる。訓練を受ければ3ケ月の雇用保険が訓練終了まで延長できる。(ありがてえ!!!)そしてなんと、職業訓練も学童入所の要件に当てはまるのでキャンセル待ちにエントリーできる!早速応募しようとすると、次の訓練の申し込み期日は明日。見学はもうできない。必要書類をかき集めて翌日再度ハロワで申し込み。面接を経て無事訓練を受けることができることになったのである。
職業訓練はどんな感じだった?
私の入った職業訓練は基本情報技術者試験の勉強をしつつ、ITエンジニアへの就職に有利なJavaの基礎・DBの知識を身につけ、最終的にはWebアプリケーションでつぶやきアプリを作り、チームの開発演習を行ってポートフォリオを作成するところまでがセットのコース。人数は25人。男女比は半々。男性の年齢は20~60代と幅広い、女性は20代9割、30代1割といった感じ。当然私は女性最年長子供がいる女性の受講生は2人のみ。女性のITエンジニアへの就業がいかに難しいかを物語っているような構成でした。ちなみに同じ学校で開催されていた事務スキル習得コース、デザイナー養成講座はほぼ女性。楽しそうな話声が聞こえる中で私の入校したクラスはいつもシーンと静まり返っていた。そして、これ、エンジニアあるあるなことをのちに入った会社で知ることとなるのである。
クラスは各日に日直が割り当てられ、授業の初めと終わりは「起立、礼」の号令があります。学生になったんだなーとちょっとジーンとしつつ、基本情報の授業からスタート。先生曰く
「自分は今から基本情報の講師を務めるが、半年で基本情報の情報を網羅することは不可能です。そして基本情報技術者のこのクラスの合格率は例年3割。とても難しい資格ですが、ITエンジニアになる皆さんにとっては、取ってて損はない資格、未経験で就業したいと思った際に有利になる資格なのでぜひ頑張って挑戦してみてください。」と。
私が使用した教科書はかやのき先生の教科書。はじめての授業はもう、ちんぷんかんぷん。それもそのはず、私は高校2年生から私立文系コースにいたため、数学をろくに勉強していない。2進数のところで先生が何を言っているのか全く理解できない。日本語で話していて、言語自体は聞こえるのに話の内容が全く理解できない。辛かった、、、。そしてクラスには授業についていけないことを話せる人もおらず、後ろの方の席から聞こえる「授業意味わかんなかったねー!」の受講生同士のおしゃべりに少し安堵させられる。辛い。
そしてJavaの授業。こちらも、まず環境構築に時間がかかる。私が使ったのはEclipse。Javaで就職と言えばEclipseを使った方がいいとのこと。DLやその他の設定については先生が手取り足取り教えてくれるため問題なく行えたが、果たしてこれを自力で行えるかと言えば、、、。授業では「すっきりわかるJava入門」という本を使用。こちらは割とわかりやすく、Javaの勉強は楽しかった。授業が終わるとすぐ帰宅。子どもを学童にお迎えし、それからは洗濯>夕飯の支度>お風呂と寝るまでノンストップである。
あれ?学童入れたの?
と思われる方に補足。学童、入れました。どうやら3月時点では20人待ちだったのは私のいる地区だけだったらしく、4月には振り分け(待機児童は本来入所予定の学童とは別の空きのある学童に振り分けられる)があり、退所する子も出てきて、この時点で待機児童が大幅減。私が訓練校に入所したのが5月だったこともあり、申し込みをした時点で「今なら2枠空いています!」となり、ぎりっぎりのところで滑り込みセーフで入れました。ちなみに入れなかったときを想定して民間の学童も見学しに行ったよ。1か月で3万5千円だって。もうどうしようもないときはお願いしようと思っていたけれど、あんまりだよね。お金って必要を痛感しました。
訓練校の話に戻ります。訓練では区切りことにテストがあります。そのテストは、よっぽどのことがない限り落ちない。ただ、勉強を全くせずに授業だけで受かる人もまあいないんじゃないかな、ぐらいの難易度です。ちなみに救済措置もあり、2回までは追試可能。追試を受けたことがないので、同じ試験内容かは定かではない。私の勉強時間は本当に限られるので通勤中の往復1時間と、朝の勉強の1時間が勝負。来る日も来る日も勉強して、基本情報は何とか乗り切った。ただ、基本情報の勉強をしながらJavaの勉強をこなし、就活もしつつ、家事育児も同時並行してこなすのは至難の業。そして教室にお友達もできず、見知らぬ土地で友達0の中で話せる相手もおらず。かなりきつかった。40代で子持ちで訓練はあまりおすすめしません。今同じ状況の人がいたらこのブログのコメント欄でお話ししようね!話聞くから一人で悩まないでね!!!(当時の自分を浄化させたい)
就活はどうだった?
私は訓練始まってすぐから開始していた。だってハンデありありでしょう。ハローワークで申し込んでたんだけど、応募先の担当者から電話口でも「半年先の就職を希望、、、ですか、、、。」と苦笑される場面もしばしば。ただ書類は受け付けてくれるということで月に3社ほど応募。最終的には30社ほど応募しました。数が勝負、と言われていたが、私の場合は「17時半終業」「未経験OK」「残業月に10時間以内」のITエンジニアで探していたのでそもそも応募できる企業自体が本当に限られていた。そして先方からも数々のお祈りメールをいただき、最終的には
- 内定3社(一般事務、DB入力事務、Web会社事務いずれもパート)
- 二次選考1社
- 1次選考8社
という結果に。講師の先生曰く、訓練中に就職が決まる人はみんな自分から積極的に動いてる、逆に待ってる人はよっぽどのポテンシャル(若さ、経歴を含む)がない限り、訓練中に就職は決まらない、と。私の場合は訓練中に就職が決まらなければ、学童を退所しないといけなくなるので、どうしても訓練中に就業を決めて次につなげる必要があったので必死でした。ただ、毎日毎日勉強して応募して家事育児しては相当につらく、後半はメンタルがゴリゴリ削られてました。
「社会は私を必要としていない」
思い詰めて後半はずっと原因不明の腹痛に苦しめられていました。結果的に最後の最後で希望するWeb関係の事務職に就業でき、そして就業先担当者からも「将来的に正社員に登用見込みです」との嬉しいコメントもいただき、現在は人にも環境にも恵まれた会社で働いています!人によっては給料が少ないことは致命傷かもしれないけれど、我が家は今のところ夫の稼ぎもあり(ありがたやありがたや)、私の最優先事項は子供であることに変わりないので、今の会社で経験を積みつつ、朝の勉強ルーティンは変えずに、プログラミングの勉強を続けて、将来子供のことが落ち着いた時点でできれば今の会社で正社員として働きたいなと考えています。
以上、どこかの誰かの参考になればうれしいです!個人的な質問等あれば問い合わせフォームもあるので質問もどうぞ!

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